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zoom RSS 脆弱な優等生

<<   作成日時 : 2017/03/15 12:30   >>

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 温泉点描の中で描いた男の姿、想像力を働かせればそれが社会の活動に大きな影響を持っているということがお分かりいただけると思います。現役時代男たちは何らかの社会的立場という鎧を着て活動をしています、何処どこの会社の専務とか部長さんとかいう立場の鎧を着ているわけです、さらにその会社の団体の一員として会社の為に二重の鎧を着て働いています、まぁ言ってみればそれが彼らの社会における存在価値として通用しているわけです、公務員とか、銀行員とか、そういう鎧を着て社会で戦ってきた彼等は定年とともにその鎧が突然無くなるのです、普通男たちは職業によって着る物も変わります、服装によって大体仕事が分かりますから、相手もそれに応じて対応するわけですが、それが当たり前の何の違和感も感じない生活が、瞬間になくなるのです。つまり文字通り温泉に裸で飛び込むこととなるのです。そんなとき普通の人はどんなことになるか、今まで鎧を着て勝負してきたのに、素っ裸になって人々の中に飛び込んでいく。そんな時普通の男はどうするか、そうなんです心の鎧を着るのです。それは他人様からみると、鎧というより殻に閉じこもった状態に見えます、皆そうなります、そういう状態で誰もかれもが温泉に無言で浸かる、こんな裸の付き合いが延々続くのです、互いに心の鎧を着て。皆仕事を辞めた時のことなど誰も考えもせずに定年を迎え、そして自ら殻に閉じこもって余生を送ることになる、制服やら肩書やら持って生きてきた自分が、それを何もかも失って突然裸の自分に戻る、その準備が何一つ出来ていない、実はこれが今の政治にも大きく影響しているのです、何故なら今の野党を見てください、てんでバラバラでしょう、まとまらない、それはこの仕事の鎧を着た人達と同じだからです。一言でいえば裸の自分を見つめる強さがない、だから本当の裸の付き合いができない。お互いの何にも纏わない裸の姿を認め合って、其処から付き合うことがない、だから弱いのです。保守の団体は利権という中心に向かって一つになるものがある、しかし革新団体は社会的正義を中途半端に持つゆえに利権によってまとまることがない、だからバラバラになってしまう。個人でも一度裸になった自分をしっかり見つめる勇気を持てる者は、社会的鎧など持つ必要がない、だから定年になっても自分の活動ができる。政治とて一緒なのです、この国の政治が強くないのは、実はここに起因しているのです。個として確立できていない、政治としても国家としても。今日は少し堅い話になってしまいましたが、囚われずに自由に生きるとは実はこういうことです。それは分かっていてもなかなかできない、そこに人間の性の哀しさがあります。

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